No.134の記事

富の再配分機能は図書館には不要では?

 ・愚智提衡而立治之至也 「話がかみ合わない(^^;)」

 私もさんざ、反「貸出至上主義」の意見を書いてきましたが、G.C.W.さんの「数ある公共図書館の機能のひとつに過ぎない「貸出」を公共図書館の最終的な目的と位置付け,他の機能を「貸出」の増加に奉仕させることが公共図書館の発展につながるとする主義主張」という貸出至上主義の定義に激しく同意しつつも、あえて蔵書構成論的な見方で貸出至上主義を批判してきたところがあります。何故って?そりゃ、業界人同士ですら、貸出至上主義の定義があいまい(っつーより、貸出至上主義を守り抜こうという人にはG.C.W.さんの話は耳が痛すぎて聞かないだけなのだろう…)で話がかみ合わない中で、利用者などの一般の人にそんな業界のバックボーンが理解できない(いや、そんな内輪ネタは無理に理解しなくてもよい)だろう、というのが一つ。も一つは単なる選書や貸出のところだけを見ても問題はかなりあるから、なのだな。

 ま、あんま真剣に論じても稚拙になるし、主張は平行線なので核心は書きませんが、貸出至上主義を擁護する人の書き込みに対して、選書・蔵書構成論的な定義に乗っかってもなお抱いた、簡単な感想だけ記しておきます。
 公共図書館というのは公的機関だけど、「富の再配分」を実現してはいけない機関なんじゃないかい。もし富の再配分という機能を担うなら、図書館は低所得者にのみ図書館無料の原則を当てはめるべきで、ケチな人間ばかりを税金で満たしている理由はどこにあるのかいな。公共図書館を含め、図書館の最大の使命は「知の再配分」なんだがなぁ。極論だけど、そういう意味で「そもそもあまり利用はされないが良い図書館」は存在し得ると思います、現状では。だって、図書館員ですら図書館機能を理解できていないんだから、利用者が理解できるはずもなく、結果として現状では良い図書館(=貸出の多い、の定義ではまさに議論になりませんけど)でも利用者が少ないという(仮想)話は十分考えられますよ、その是非は横においといて。
 …何が言いたいかよく分からないですかい?ま、感想なのでこれ以上は何も説明しません。(何かあれば別エントリーで、ということで。)