最近の日記

M教授にダメ出されたって?

 学会前だというのにT大のM教授がお会いしてくださって、図書館員がまとめた館の目指すもの的な文書を見て下さったとのこと。

 …私も今日その文書を見ましたけど、ま、そりゃこれではダメ出されますわなぁ。新鮮味なし、指定管理やだやだ、具体性に欠ける、では。

 ということで、出張帰りながら私もダメを出してきた。
 方向は間違ってないんだけどさ、枝葉を切るのではなく既存の図書館機能の取捨選択をしなさいよ。ほら日頃から若手が思ってる不満をばんばんぶつけてさ。来館者を取捨選別して減らすこと考えなよ、貸出業務に忙殺されてるなんて愚の骨頂だって。予算と人員削減効果を目に見える形で書いて。数値目標だって自分達でサービスの質にウエイト付けた独自指標で出しなよ。一般受けにもっと「役に立つ」を前面に出さないと。現状を否定することから始め、捨てるものは捨てる、特化するものは特化する、そしてそれによりこれだけの予算効果があって、こういう成果を目指す、というストーリーにしなよ。指定管理いやいやではなく、どういう館に改革するかが先決、その後それを実現するためにどっちがいいか勝負なんだよ、etc.etc.

 いくつかはM教授と意見がかぶったようだが。ただ時間がないので、中身手伝う事になるかな…

 それにしても、M先生、これからの図書館像普及の為には労を惜しまれないようですね。こんな田舎にも積極的に行って話しましょう、だって。お話聞きたいけど、それは勉強会じゃなくて図書館の公務として研修で位置づけなさい、とアドバイスした手前、無関係の私は聞けないだろうな。

不等価交換を2年連続でするとは…

 サンスポ「マイケルと二岡、2対2の大型トレード合意!」 (2008.11.11)

 去年も今年もトレードが下手過ぎ!
 …ファイターズファン復帰じゃないんだけど、思わず。

緊張の図書館&指定管理話

 前回懸念していたお話を先日してまいりました。
 相当マイルドにしたのですが、それでも現役公務員の立場ながら赤裸々に云々、などと言われ非常に困る。全然赤裸々じゃありませんでしたけどね。時間が無くて一気に説明したので、一般の方には申し訳ないなぁ、とは思いましたが。

 元司書さんには、昔は図書館にたくさん人が来るなんて想像もできなくて、時代が変わったなぁと思っていたところに、更に図書館はこのままではいけないという時代になってしまったのね、的な話を振られ、思わず公共図書館史の生き証人ですね、と言いたくなった。そうなんですよね…

 市立の人達からは県立としての役割を明確にしろと突き上げられていたが、これ見直しの最重要ポイントだよ。直接の利用者に傾倒してきた姿勢を快く思わない市立が少なからず存在したことに、感謝しなければいけないぞよ。私は今のまま変わらないのなら、TRCに渡した方がマシだと本気で思ってるからね。

今年は目の前で胴上げを見なかった2年ぶりの日本シリーズでした

 今年の日本シリーズ、全く期待していなかったけど(どちらかが一方的に4連勝するんじゃないかと思ってたので)、試合自体は最後まで非常に面白い展開で、ライオンズの日本一。

 ホームランもさることながら、片岡の足は本当にすごいよ。シリーズだけなら、平尾の意外性とか岸の目の覚めるような投球などありましたけど。

 …それにしても、一年間、デーブの目に余る陽動作戦とテレビ写りだけはなんとかしてほしかった。来シーズンに向けて要改善。

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BL問題に対する堺市の方針

 前回の続き。
 リンクしませんけど、この問題は堺市がBLの収集中止と閉架移動、18歳未満貸出禁止(閲覧もか?)の方針を打ち出し、さらに騒ぎが大きく。

 個人的には、こういう小手先で一部からの批判をかわそうという小賢しい市の方向は大変気に入らないのですが、まぁ一部でなく「多数の」市民がそう望むのならそうすることもありだろう。市民の図書館なのですからね。

 それよりも、この方針が市長(市長部局)判断か、教育委員会判断か、図書館判断か、で言いたいことは変わるのだが、こんなに簡単に市が一部市民に日和る様は、見ていて腹立たしいことこの上ない。図書館は、こんなに簡単に収集停止・利用制限する程度の理由でBLを大量に購入していたのか、と。要望があったからというが、要求論による資料収集をしてきたのであれば、リクエストは絶対なんじゃなかったんですかい?

 今の段階で必要なことは、図書館がBLを収集してきた理由(リクエストだけならそれだけと説明すればいい)、収集停止・貸出制限の理由及び根拠を、市が市民に説明し、論争になっている中で双方の検討材料として提供することに尽きる。

 それにしても、要求論におけるリクエストってこんなに簡単に覆ってしまう位置付けなのか?要求論に対する私の認識も、今回の件で覆しておくべきか。

(追記)
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BL問題から見る公共図書館への認識

 堺市立図書館のこの件について。

 これに潜んでる問題は、次の公共図書館に対する社会からの認識にあるのだと思う。

1 公共図書館は良書のみを提供しなければならない
2 公共図書館は収集した資料を即時にかつ積極的に提供(=貸出)しなければならない

 1は、よくある資料の価値論・要求論論争だと、一見価値論による認識だと思われるが、ここでいう良書と、図書館的価値ある資料とはかなり異なるので、実はこれは価値論とは関係がない。良書は社会的良書であって、その定義は「社会的悪書じゃない」、つまりエログロ、過激、とんでも、極左右etcではない、といったところだろうか。

 2は、要するに図書館資料ってのは消耗品として、短期間フローさせた後に廃棄しておしまい、という認識によるもの。つまりのところ、ストックを前提としてない、すぐに貸し出されない資料は無駄資料、っていうもの。

 うーん、確かに市立図書館がBLを大量に所蔵することの意味ってのは説明しにくいところで、要求論に依ったとしか言いようがなくて、批判されてもしょうがないとは思うんだけど、どうにも批判の方向が1の認識からでは甚だ危ない。公共図書館が選書をする理由は「全て買う予算がない」からであって、良書を選ぶのが目的ではないのだから。でも、そういう考えって図書館員にも希薄なんだよね、図書館の自由って言葉はすぐに出てくるけど。ここが社会も図書館側も勘違いしているところだと、いつも思うんだよね。今回の場合なら、BLの内容を問題視するのではなく、純粋に蔵書の偏りを問題にしてもらってないところが、公共図書館認識として失敗なんではなかろうか。

 あと、あまり議論されてないけど、2の視点も重要だと思うんだよね。別にBLを収集保存することが問題ではなくて、問題視されても当面は貸出制限したとて、保存しておく気概が図書館側にはあったのかと。市立がBLをそういうストック対象にするべきか否かはあるのだが、BLではなくとも、貸出されない・できない資料の収集保存を公共図書館の機能として考えているのか、なんだよ。資料提供方法じゃなくて、収集・保存資料の内容そのものに口を挟まれることに抗うことこそが、図書館の自由ってやつなんですよ。図書館員の選書にケチをつけられたと不快感を示すのが図書館の自由じゃないんだって。くれぐれも勘違いしなさんな、ってね。

 というのが、今回の問題で感じたこと。だから私は司書にも行政にも嫌われるんですかね…


(追記)
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感想、「刺激的」?

 恥ずかしながら、縁あって現役司書達に、指定管理者としての経験と、図書館への制度導入について、まぁここに書いてきたようなことをお話ししてきました。

 レジュメ事前配布なのに、説明の時間配分を間違えて、どうにも時間が足りませんでした。申し訳ないと思いつつ、性格で細かく文字にしたので、読んで頂ければそれ以上でもそれ以下でもない、ということで、とりあえず逃げ帰る。(ほんとは、ここにレジュメを公開しようかと思ったけど、2日間での走り書きでレベルが低い上に、他のブロガーさんのエントリを結構パクったことがばれるので、やめときます)

 質問は「経験上」の指定管理者制度についてに集中。公共図書館に導入するとどうなるか=直営でも指定管理者でもこのままではダメ、というところには話が及ばなかったのは、当たり前という認識か、それとも無言の反抗か…

 面識のない司書からは、終了後、刺激的な内容だったと言われる。かなりマイルドにしたつもりでしたけどね。また今度、これより外部的な所で同じようなことをお話しするのですが、レジュメはもうちょっと削っておきますか。それにしても、次回はメンバーからしてちと恐ろしい。批判は一向に構わないのだけど、私の立場として私的と公的を混同されなきゃいいけど。

図書館経営論、考え中…

 …うーん、長期の更新放棄すいません。色々私生活で多忙をしております故…

 そんな中で、ちょっとした事情で図書館経営論を考え中。まぁ、いつもの調子で文章にしているのだけれど、これを現役司書に直接ぶつけていいのやら、悪いのやら…
 とりあえず、危機感を煽れれば良しなのだが、こんなん書いたのが私だと某筋にばれたら、結構面倒なことにもなりかねない代物だなぁ。

 でもあと1年で手を尽くさなければ、将来が見えてしまうので、何とかしてもらいたいもの。
 何の話?いや、地元の館と例の制度の話ですよ。

教育委員会の中立性と公共図書館

 朝日新聞 「「橋下知事は教育介入を」 府内市長から共感、賛同」(2008.9.17)

 「地方分権すればするほど、教育委員会の中立性は薄まるべきだと考えている」…地方分権と教育委員会の中立性は制度上無関係なはずだが、なるほど教育委員会制度そのもののあり方まで地方に委任すれば、このような首長の下では間違いなく教育は「中立」ではなくなろう。

 今更、戦時の反省から教育委員会の中立性を論じても実論にはならないだろうが、現状の教育委員会制度による教育の中立性は、民主的社会における教育には中立を軸とした「多様性の創造と許容」が不可欠だからその存在意義がある、と私は解釈している。つまり、教育=将来の社会が二元論に基づき1つの方向にしか向かない状態、これが最も危険だからこそ、その中立性が担保されているのだと思う。

 選挙による多数決で1人が選ばれる首長の手に教育を渡すということは、どちらの方向に偏向するにせよ、ある1つの価値観に縛られる可能性が非常に高いことを意味する。確かに今の教育委員会は閉鎖的であるし、「中立性」を隠れ蓑に組織的な停滞状態にあることは事実だろう。しかし、現状の首長たちが目指すものの先にあるのは、この停滞を打破し民主的な教育を実現するにあらず、自らの方向(それが個人的主観にせよ、支持者の総意にせよ)への誘導と背反するものの排除、即ち「教育からの多様性の奪取」という結果にしかならないのではないだろうか。

 当然、教育とは学校教育のみを指すのではない。特に社会の多様性を保持するに必要不可欠な教育施設の筆頭は図書館であろう。まさに図書館こそ「多様性の創造と許容」を担うべき存在であるにもかかわらず、現状の日本の公共図書館は弱体のままである。財政的理由も要因として挙げるべき事項ではあるが、それ以上にこれまで公共図書館そのものが多様性を頑なに受容せず、貸出という唯一の手段に依拠した運営をしている現状では、公共図書館にこの機能を担う素養からしてないと断じざるを得ない。また、思考する手間を避け単純な二元論によるポピュリズムが蔓延し始めた社会状況の醸成の責任の一端は、多様性を拒否し続けた公共図書館にも存在するというのは、飛躍し過ぎる考えだろうか。

 まだ公共図書館を積極的に廃止する方向にはないようだが、これは今の公共図書館が貸出というポピュリズムに支えられた機能に依存しているその一点でかろうじてかわしているのであって、いずれ図書館も中立性の放棄を担保にその存続を図らざるを得ない状況が必ず生まれよう。何度も引いて恐縮だがが、TRCの石井会長や片山前鳥取県知事は、図書館は権力への対立軸となるべきという主旨の発言している。当然対立だけすればいいというどこかの勘違いした意味ではなく、行政や首長に依拠するものもそうでないものも全てを含んだ情報を収集し、その発信源になれということであり、そのための図書館の中立性=中立を軸とした多様性の創造と許容なのだということを、特に公共図書館には早急に収めてもらわない限り、教育委員会の中立性と共に公共図書館の中立性も政治的介入により簡単に消失する運命にあるだろう。果たして、公共図書館は社会の多様性の源泉となる日まで存続できるのだろうか。